夕暮れ前のまだ明るい街並み。
人通りの少ない路地。
神社参りで身を清めて向かうのは、
大通りから離れた、落ち着いた路地に立つ場所。
目印は、赤く灯る提灯と店の前に停められた自転車
それ以外に強く主張するものはなく、
気づく人だけが見つけるような佇まい。
通りの灯りが灯り始めるか、まだかという時間帯。
人の流れも、少しずつ静かになっていく。
夜は、まだこれから。
店の扉の前に立つと、
内側の気配が、わずかに伝わってくる。
音はほとんどしないのに、
空気だけがそこにあるような感覚。
そっと外扉を開ける。
内側の小窓越しに大将と目が合い、
軽く会釈を交わす。
引き戸を開けて中へ入ると、
まっすぐに伸びるカウンター。
予約の名前を伝えると、
いつものカウンター席へ。
言葉にしなくても、
この場所の温度が、ゆっくりと体に馴染んでいく。
一年以上ぶりの再訪に、
気持ちが浮き立つ。
まずは、ビール。

グラスに触れた瞬間、
一日の流れが、するりと抜けていくよう。
喉を通る冷たさとともに、
力も、少しだけ抜ける。
お通しは、じゃが芋と海藻。
やわらかい味。
けれど、輪郭はしっかりしている。
いつもながら、最初のひと口で、
この店の方向が、静かに伝わってくる。
お造りは、
葉にんにく醤油でいただくかつお。
口に入れると、
強い香りが立ち上がり、すっと消える。
残るのは、静かな余韻。

日本酒を、少し。
冷の城陽。
料理と同じように、
主張しすぎない。
けれど、確かに支えている。
魚と島らっきょのフリット。
軽やかな衣の中に、しっかりとした旨み。
ピータンのソースが、
ほんの少し輪郭を変える。

次はハイボールへ。
氷が、グラスの中で小さく音を立てる。
放牧豚の肩ロース焼。
やわらかな火入れ。
脂の甘さが、重くならずに広がる。
島らっきょ味噌の香りが、あとを引く。

湯気の中に、春がある。
蛤と菜の花の酒蒸し。
ふなずしと飯ケーキ。
ほんの少しのクセが、心地いい。
いい料理にお酒が、進む。

そして、
赤出しとともに、いつもの締めの、
なみだうにの巻き寿司。
うにが苦手な私が、
ここの巻き寿司だけは好きになった。


体の内側に、静かに落ちていく。
気づけば、
知らぬ間に時間が静かに過ぎていた。
お酒と料理が進むにつれて、
満ちていく、という感覚。
今宵は、満ち満ちと満ちた夜。
外へ出ると、すっかり夜の色。
四月上旬の空気は、まだ少し冷たい。
酔いと外気のあいだで、
自分の輪郭がやわらかくなる。
足取りも軽く、
街並みも美しく。
ホテルまでの道を、歩く。
光、温度、間。
余韻は、長く続いていく。



コメント