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12月の京都、3日目の夕暮れ前。
この日の直感を頼りに、たどり着いたのは西木屋町は高瀬川のほとり。
橋を渡るとすぐのその店は、看板のない店。
全てはタイミングって、あるな…、と実感する場所がまた一つ。
運がよければ、なのか、逆にその他のことに運がよくなかったのか、
難しいことは考えずに、
えいっ!と入っていけばいい。
京都ひとり旅・夕暮れから夜にかけての一夜の記録、⑬:誠光社・山﨑書店と看板のないお店の続きです。
橋の上で、何度も立ち止まる

東山がうっすら紫がかる時間より少し前。
冬の京都の空もまた、夕方になるとすっと深くなっていく。
噂のあのお店は、ほんの数メートル先、多分、あのお店。
「もうすでに満席じゃないかな」
そんなこと考えながら、”気後れ”のような気持ちがよぎる。
橋の上から、高瀬川を見下ろすと、
水面に街灯が揺れている。
旅の3日目。
誰にも急かされない夜のはじまり。
数年前に訪れた洛北は左京区浄土寺に店舗を構える
「青おにぎり」の店主に言われた言葉を思い出す。
そして、深呼吸。
「すべてはタイミング」
看板のない店、扉をくぐる
えいっと、扉をくぐと、
カウンターの一角の客たちが、一斉にちょうど立ち上がるところ。
8席のうちの半分が、すっと空いた。
ベストなタイミングだった。
手持ち無沙汰に、
「1名ですけど、いいですか?」
忙しそうな合間に聞くと、
「少しお待ちください」
とのこと。
先客の後、片付けている間、店内を見回す。
程よく、時を経た木の色調の店内は、入り口入って正面は町屋の通り土間のように奥に続き、奥のスペースやトイレと続いているのだろう。
右手にカウンター、ピカピカに拭き上げたステンレスが光る焼き場、奥には古くいい味わいを出している食器箪笥。そこに器が焼き場前の横の壁には黒板。その日のお品書きが白いチョークで描かれている。
カウンターの一番奥の席に着く。
あとから振り返れば、こんなツイテる夜は数えるほどだ。
このお店は、
京都の人のあいだでも「運試し」とも言われている。
看板なし。予約不可。外待ち不可。
入れたらラッキー、入れなかったら次へ、というシンプルなお店。
目と鼻の先には、あの予約の取れない店「食堂おがわ」。
その食堂おがわが予約なくても入れる、気楽にアラカルトがいただける店をと新展開のお店を出したのだそう。人気店の流れは、予約不可、外待ち不可、看板なしという前提のもとに営業している。
「オテル・ドゥ・オガワ」
西木屋町通四条下ル
名前の由来は、ホテルの1階に店を構えたから、洒落た名前はそういう理由なのだ。
カウンターは、つやのある木の一枚板。
向こう側で、カウンターと火の前で「食堂おがわ」で7年間みっちり修行したという、まだ若い店主が静かに包丁を動かしている。店主の横には、修行中なんだろう、さらに若き男性がお客の対応や皿を出したり片付けたりしている。
私が伺った時は、このお二人ほとんど言葉を発しない、寡黙な仕事ぶり。
でも、客が注文したがっている気配を察して、素早く動く。
兎にも角にも、入れたことにひと安心しつつ、カウンターの端に腰を下ろす。
心地よい緊張感のなかで、おしぼりをいただく。
まずはビールと、お浸し小鉢

「お飲み物は?」
小さなグラスに、生ビールを頼む。
泡が、控えめにきれいに立っている。
ひと口。
渇いた喉に、しみる。
やっと、肩から力が抜ける。
最初に頼んだ小鉢が出てきた。
「春菊ときのこのお浸し」

ひと口。
きのこにすっと入る歯触り。
しめじでは無さそうだけど…?
つづく春菊の、濃い香り。
たっぷり含んだ出汁が、ちゃんと効いている。
つるりとしたそのきのこのことを、
サーブしてくれている男の子に質問してみると、”なめこ” だそう!
大きくつるりとしたなめこには、なめこ特有のいわゆるぬめりはなく、
なめこが苦手な私には、別のキノコのように思えるくらいの美味。
最初の一品で、こんなに小さく驚けるとは。
ああ、ここはちゃんと「いい店」だ、とわかる。
期待がふくらむ。
旅先のお店では、最初の一皿でわかってしまうことがある。
それは、料理の腕でもあり、店主の姿勢でもあり、選ぶ食材の眼でもある。
この店は、その全部が静かに揃っているお店だった。
カリカリ、ジュワッと、かきフライ

続いて、出てきたのは、かきフライ。
サクサクの衣の音が、外まで聞こえそうなくらい香ばしい。
まずはそのまま、一口。
レモンを軽く絞って、ひと口。
外はカリッ、中はジュワッ。
牡蠣の旨味が、口のなかに広がる。
添えられたクレソンが、口直しにちょうどいい。
そして、添えられた辛子とお醤油。
辛口のビールが、合う。
冬の牡蠣のしっかりした味と、ビールの苦味。
しっかりと味わえるのはひとり酒の楽しみだ。
鯵のお造りと焼き銀杏、ぬる燗の喜楽長

「頼んだ料理に合う日本酒をお願いします」
と頼んで、出てきたのは、滋賀・喜多酒造、喜楽長 辛口純米酒。
灰釉の片口と、青磁のお猪口。
すっと注いで、ひと口。
立ち上がる香りより先に、米のうまみが舌の上に広がる。
キリッとしつつも、ぬる燗が優しい。
このタイミングで、カウンターの向こうでから出てきたのは、鯵のお造り。
皮目の青光りが、つやつやと美しい。
わさびを少し添えて、お醤油につけて、ひと切れ。
身がきりっと締まっていて、噛むほどに脂が広がる。
今日入った、いきのいい鯵だな、とすぐにわかる。

つづいては、焼き銀杏。
殻付きの銀杏が、塩の上に並んでいる。
ひとつ、殻を割ると、香ばしく火の入った鶯色。
ぬる燗と、鯵のお造りと焼き銀杏。
これだけで、もう冬の京都の夜だ、と思う。

カウンターの隅で、ひとりで盃をかたむける時間。
誰とも話さない、目の前の料理とお酒と話す夜。
ふるふるジュワッ!、だし巻き卵
そして、満を持しての”だし巻き卵”。
カウンターに置かれる時にふるふるしているのが分かる。
箸を入れると断面から、じゅわっと出汁が滲む。
ひと口、口に運ぶと、ふんわりと卵の甘さと、しっかり効いた出汁。
大根おろしを少し乗せて、もうひと口。

箸は止まらない。
ささやかな順番のひと皿ひと皿が、丁寧に積み重なっていく。
最初から最後まで、出される料理に夢中になれる時間。
おいしい、だけじゃない。
この心地よい緊張感も、運よく入れたタイミングも、店の佇まいも、店主とサーブしてくれる男子の所作も、すべて含めて、おいしい。
一つ欲を言えば、次回は連れと来ようという事。
一人で食べれる量は限られていて、締めのじゃこチャーハンかナポリタン、イカしゅうまい、鶏の唐揚げも食べたいと食いしん坊の欲が頭をよぎる。
「ごちそうさまでした」
席を立つとき、ささやかな達成感のようなものが、胸の奥にあった。
何かを成し遂げたわけじゃない。
ただ、ひとりで、ちゃんと楽しめた、というだけのこと。
それでも、たぶんこれは、旅の中でとても大切な感覚だと思う。
夜の鴨川を歩いて、宿へ
店を出ると、店に入る前の夕暮れ前の明るさから、夜空が深くなっていた。
四条大橋に出ると、南座の屋根が、ライトアップで金色に浮かんでいる。
鴨川の水面に、街の灯りが揺れる。
川岸では、誰かが座って、夜景を眺めている。

すぐ近くは、先斗町。
三条と四条のあいだ、約500メートルの花街の通り。
細い路地に、灯りがともり、人がゆるやかに行き交う。
冷たい風。
コートのポケットに手を入れて、ゆっくりと歩く。
帰り道、SUINA室町の大垣書店をのぞいた。
特に何かを買うつもりはない。
ただ、夜の本屋の照明と、紙の匂いと、誰かが選んだ本の並び。
それを少しだけ眺める時間が、いい。
旅の終わりに本屋を歩くと、自分が今日見たものや感じたものが、本のタイトルと混ざりあって、もう一度、ほぐれていく。
数冊、手に取って、ぱらぱらとめくる。
店内の空気を吸って、外に出た。
満腹のおなか。
少しだけ、お酒の余韻。
こういう時間のために、京都に来ているのだなと思う。
宿までは、もうすぐ。
橋を行ったり来たりした、夕暮れ前。
えいっと扉をくぐった、食堂おがわの夜。
鴨川と先斗町を歩いて、本屋に寄って、宿へ。
「看板のないお店」を巡る一日は、緊張と達成感の、ささやかなドラマだった。
次回、冬の京都旅は4日目へ。
旅の終盤、もう少しだけ続きます。
◆オテル・ドゥ・オガワ (Hotel De Ogawa)
住所:京都市下京区西木屋町通四条下ル
営業時間: 14:00~22:00 TEL:なし
お店の最新情報はこちら
※看板ありません。扉両脇のライトが点灯したら営業中の目印。
このすぐ傍にある京都の居酒屋割烹の名店「食堂おがわ」の系列店。
「予約不可」
「外で並ぶの厳禁」というシステムで運営
入れるかどうかは運しだいというお店。
※開店と同時に8席は満席になるので、そのお客さんが帰るタイミングの時間帯を狙うといいかもしれません。でも”すべてはタイミング”(青おにぎり店主の言葉)です。
それを楽しんでみてください。

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