長い時間が流れ、仕事や日々の生活に追われるうちに、私の中の「京都」は、いつしか遠いものになっていました。
かつての一人旅の記憶は心の片隅に残っていたものの、日常の忙しさに押され、なかなか思い出すこともありませんでした。
そんなある日、偶然目にしたドラマ――
『京都人の密かな愉しみ』が、私の心を強く揺さぶりました。
画面に映るのは、静かな町の空気や、古い町屋が並ぶ路地の佇まい、季節の移ろい。
そして、その中で楚々と暮らす京都の人びとの姿。
華やかな観光地の風景ではなく、歴史とともに日常の生活の中に自然に息づく京都の町の時間。
言葉にしなくても交わされるやりとりや、何気ない仕草のひとつひとつが、画面から美しく伝わってきました。
その世界を見て、長らく忘れていた京都への思いが、ふたたび目を覚ましました。
あのとき感じた静かな街の空気、路地を歩く楽しみ、人の気配――
そのすべてを、もう一度味わいたいという気持ちが自然に湧いてきたのです。
それ以来、年に一度は京都を訪れるようになりました。
有名な観光地だけでなく、街の生活の気配に触れながら、ゆっくり歩くことを大切にしています。
朝の静かな通りを歩き、商店街を眺め、町屋の軒先で立ち止まる。
足の向くまま、気の向くままに歩き、街の空気や人の存在を丁寧に感じ取る――そんな旅の時間が、いまの私にとっての京都です。
そして、ちょっと暮らすように街を歩くことで、京都の奥深さや魅力を、以前よりも身近に感じられるようになりました。
あの頃の一人旅で芽生えた京都への恋心が、いまも変わらず、静かに街の時間の中で育まれているのだと思います。
”ちょっと暮らすように旅する”
それが、いまの私の京都の歩き方です。
次の記事では、「ちょっと暮らすように旅する」楽しみ方をご紹介します。



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