祇園祭 後祭の宵山と巡行|山鉾を並ばずにじっくり見られる、もうひとつの祇園祭

祇園祭 後祭・黒主山の駒形提灯。「黒」の字と三つ巴の提灯が夜に灯る 京都旅の記録

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 京都の祇園祭というと、14日から16日の宵山の夜の山鉾を飾る「駒形提灯」と人の波、七月十七日の山鉾巡行を思い浮かべる方が多いかもしれません。季節の風物詩として、映像に映る、あの人の海。

 祇園祭は、1日の吉符入りの日から始まり、ひと月かけて続くお祭りで、巡行は2度。十七日の前祭(さきまつり)と、二十四日の後祭(あとまつり)。数年前に前祭を歩いていて、そのときの記憶は、正直なところ山鉾よりも人の背中のほうや露天の屋台が色濃く残っていました。

 今年は、以前から行ってみたかった後祭へ行ってきました。訪れたのは七月二十二日から二十四日までの2泊3日。宵々山から、巡行の朝までを歩いた京都の旅の記録です。

 この旅の経験で先に、いちばん伝えたいこと、それは後祭は、山鉾をほとんど並ばずに、近くで、じっくり見られるお祭り、そしてお祭りらしい情緒に満ちていました。

祇園祭 後祭を、宵々山から巡行の朝まで歩いた記録です。

前祭と後祭は、何がちがうの?

 同じ祇園祭でも、前祭と後祭は、歩いてみるとまるで別のお祭りのようでした。

 祇園祭 後祭はまず、山鉾の数。前祭が二十三基なのに対して、後祭は十一基。半分以下です。日程も、宵山が二十一日から二十三日、巡行が二十四日と、一週間後になります。

 そして、大きいのが、後祭には露店が出ないということ。四条通や烏丸通の大通りが歩行者天国になることもありませんが、山鉾の立つ通り、新町通、室町通、姉小路通、六角通、蛸薬師通、錦小路通、衣棚通、西洞院通の一部が車両通行止めになります。屋台の列と人の流れに押されながら歩いた記憶のある方は、この一行だけで想像がつくかもしれません。
そして、露天の代わりに、山鉾のある通りにある路面の魅力的な飲食店があるのも楽しみです。

 露店がないと、視界がクリアに山鉾がよく見える

 通りに立って、山鉾を下から見上げる。足元まで近づいて、木組みや懸装品を眺める。前祭ではむずかしかったそれが、後祭ではできます。人がいないわけではありません。けれど、立ち止まれる。それだけで、お祭りの見え方がまったく変わります。

 ちなみに、祇園祭が七月一日の吉符入りから始まるひと月のお祭りだということは、連載している小説「鴨川理容院」でも少し書きました。山鉾町で暮らす人たちにとっての日常の祇園祭があります。

 ▶ 鴨川理容院 第6話 夏のはじまりの日に

宵々山|山鉾の足元まで、すっと行ける夜、じっくり見れる夜

 祇園祭 後祭の旅の初日、昼に京都に着いて、いちばん暑い時間は屋内で過ごしました。宿に入ったのが十七時。荷物を置いて、日が落ちるのを待ちます。

今回泊まった宿はこちら。
新町通に建つ「ホテルビスタプレミオ京都 和邸」。山鉾が並ぶ通りです。扉を開けたら、もうお祭りの中でした、という贅沢な立地です。(→ 宿の詳細は記事の最後に)

 ホテルで、汗を流して少し休憩をしてから、19時頃から後祭の山鉾町を歩きます。日の長い夏、日が暮れる頃。

 暗くなるにつれて、駒形提灯にひとつずつ灯が入ります。会所からは祇園囃子。コンチキチン、という、音が聞こえます。この音を聞くと、祇園祭に来たな、京都の夏に来たなと感じます。

ホテルから、北へ上がるとすぐに見えてくる山鉾が、

「北観音山(きたかんのんやま)」

京都祇園祭 後祭の山鉾 北観音山 山鉾


 通称「上り観音」。屋根の斜めになっている端の部分・破風の彫刻やお社の廻りの黒塗りの囲い・欄縁や柱の金具細工の精巧さが華麗な山。

・ご利益:厄除け・疫病除け
・授与品:販売無し(粽は関係者のみに配布)



そこから、さらに北へ行くと、見えてくる山鉾が、

「八幡山(はちまんやま)」


京都祇園祭 後祭 八幡山 提灯と看板


 石清水八幡宮の八幡神を祀った山で「はちまんさん」の愛称。鳥居の笠木の上には、八幡神のシンボル・鳩が2羽向かい合い、夫婦和合のご利益があるとされる山。

・ご利益:夫婦和合・子供の健康・夜泣き封じ
・授与品:粽(お守り付)、鳩笛・鳩鈴(白・紅の2種、各サイズ有り)、手ぬぐい



さらに北へ、三条通を東へ行くと、

「鷹山(たかやま)」


祇園祭 後祭・鷹山の駒札と、宵々山に灯る提灯と真木の松

 
 在原行平が鷹狩をする様子を表す山。ご神体は鷹遣(たかつかい/鷹匠)と犬飼(鷹を補助する猟犬を扱う者)、樽負(道具等を運ぶ者)の人形3体。岩戸山や南観音山・北観音山と同じ大型の曳山で、後祭の最後尾・大船鉾の前に位置する「くじ取らず」。江戸後期から休み山となっていたが、2022年より巡行へ本格復帰した山。

・ご利益:厄除け授与品
・粽(絵馬付き)、ちまき(和生菓子・数量限定)、手ぬぐい、犬みくじ・鷹みくじ

 

 路上のテントでは、浴衣を着たかわいい子供たちが歌う「ちまき売りのわらべ唄」に誘われて、厄除け粽を思わず購入。これもまた、京都の祇園祭の風景です。

ご信心のおん方さまは 受けてお帰りなされましょう
蝋燭一丁 献じられましょう🎵




鷹山のある三条通を東へ、室町通を北へ上がると見えてくるのは、

「役行者山(えんのぎょうじゃやま)」


祇園祭 後祭・役行者山の駒形提灯。「役」の一文字を染めた提灯と藍の幕、奥に立つ真松


 三体の神を御神体とする山。御神体の数も多いことから、山のサイズも最大。 

・ご利益:安産・交通安全・疫病除け
・授与品:粽、お守り(各種有り)、手ぬぐい、うちわ



室町通を南に下り、三条通りを越えて見えてくるのは、

「黒主山(くろぬしやま)」


祇園祭 後祭・黒主山の大提灯。「御神燈」の赤提灯と「黒」の白提灯が連なる


 六歌仙の1人、大伴黒主が桜を眺める姿を表す。杖をつき、白髪の髷(まげ)
山を飾る桜の造花には、戸口に挿しておくと家に悪事を入れない利益があるとされ、粽と共に御守りに。山自体は1500年頃には存在した記録が残っている。

・ご利益は厄除け・盗難除け
・授与品:粽、Tシャツ、手ぬぐい、竹うちわ、菓子(亀屋吉長製)、菓子「黒おたべ」


さらに、室町通を南へ。六角通を越えて、見てくるのが、

「鯉山(こいやま)」


祇園祭 後祭・鯉山でいただいた授与品の袋。「登龍門 鯉山」と、滝をのぼる鯉の絵


 
鯉山は、祇園祭の山のなかで唯一、神さまでも人物でもなく、魚を主役にした山です。

 龍門の滝をのぼりきった鯉は龍になる——「登龍門」の故事にちなんでいます。山の上の木彫りの鯉は、左甚五郎の作と伝わるもの。奥には朱塗りの鳥居と小さな祠があって、素戔嗚尊が祀られています。祠の脇から下がる白い麻の紐は、滝の見立てだそうです。欄縁の金具も波の文様で揃えられていて、山ぜんたいで、鯉の泳ぐ川を表しているのだと知りました。

 そして懸装品。前懸、胴懸、水引、見送——山を飾る織物はすべて、十六世紀のベルギーで織られたタペストリー。重要文化財に指定されています。

 題材はギリシャの叙事詩『イーリアス』。鯉山のものには、トロイアのプリアモス王と妃が織り出されています。裏に裂を縫いつけてあったおかげで退色を免れ、当時の色がそのまま残っているのだそうです。

 もとは一枚の大きなタペストリーで、それを裁って山鉾町ごとに分けたと伝えられています。白楽天山、霰天神山、鶏鉾のものは、同じ一枚から来た兄弟ということになります。

 

 
 粽と一緒にお守りをいただくとき、鯉山の方が教えてくださいました。和服を着て、白髪をきれいに結い上げた、年配の方です。

 お家に帰ったら、お守りの紐を結ぶときに願いごとをするといい、と。

 気品があって、笑顔の素敵な方でした。混み合っていたら、こんな話は聞けなかったと思います。

 家に帰ってから、教わったとおりに、願いごとをしながらお守りの紐を結びました。

・ご利益:立身出世・開運招福
・授与品:粽(お守り付)、お守り、茅の輪、手ぬぐい

「橋弁慶山(はしべんけいやま)」

祇園祭 後祭・橋弁慶山の駒札と、夜に灯る駒形提灯

橋弁慶山は、謡曲「橋弁慶」にちなんだ山です。五条大橋で争う牛若丸と弁慶が飾られていて、臨場感あふれる人形の配置が見どころ。牛若丸の立ち方は、片足の下駄と、欄干の擬宝珠につけた金具。それだけで、あの姿を支えています。 弁慶が永禄六年、牛若丸が天文六年の作。五百年近く前の人形です。

 この山には真松がありません。その簡素な形から、古い山だといわれています。くじを引かない「くじ取らず」の山で、後祭の巡行では毎年、先頭を行きます。

ご利益:心体健康・厄除け
授与品:粽、弁慶の力縄(お守り)、手ぬぐい、扇子など



「大船鉾(おおふねほこ)」

祇園祭 後祭・大船鉾の舳先を飾る、金色の龍頭

 大船鉾は、後祭でただ一基の「鉾」です。名前のとおり、船の形をしています。前祭の船鉾が戦へ向かう船で、こちらは戦を終えて帰ってくる船。

 幕末の戦火で焼けて、それから百五十年、鉾は組まれませんでした。再建されて巡行に戻ったのは二〇一四年です。列ができるのも当然だと思いました。巡行では、いちばん最後を進みます。

 乗っているのは、身重のまま海を渡り、帰ってから無事に出産したと伝わる神功皇后。そのゆかりで安産の鉾とされ、宵山では腹帯が授与されていました。


ご利益:安産・厄除け
授与品:粽、手ぬぐい、うちわ、お守り、腹帯(安産のお守り)など


宵々山の山鉾巡りはここまで。

後祭のいちばんのご褒美は、ほとんど並ばずに済むこと。


  後祭のいちばんのご褒美は、山鉾を見るのに、ほとんど並ばずに済むこと。 会所に上がるにも、駒札を読むにも、写真を撮るにも、順番待ちの列がほとんどない。前を歩く人の頭ごしに見上げるのではなく、自分の足で立ち位置を選べる。並んだのは、大船鉾くらいのものです。それも、15分ほどでした。

 この晩に、粽とお守り、手拭いをいただいてきました。鷹山と鯉山、授与品は二十三日の宵山までなので、宵々山と宵山のうちに回っておくこと。

おすすめは、宵々山に各山鉾を回りながら、山鉾町の歴史ある家々の貴重な品を鑑賞して、粽をいただく。翌日の宵山の方が、混み合ってくるので、ぶらぶらと歩いて、雰囲気を楽しむ。混雑を少しでも迂回するのが、京都を巡るコツです。

宵山|灯りの下を、行ったり来たり

 二日目の夜が、宵山。

 夕食を早めに済ませて、外に出たのが十九時過ぎ。日が落ちてもまだ暑くて、汗をかきながらの見物。

 この晩に回ったのは、鈴鹿山、浄妙山、ホテルのすぐ近くの北観音山。

「鈴鹿山(すずかやま)」

祇園祭 後祭・鈴鹿山の会所前。授与所に人が集まり、通りに提灯が連なる


 伊勢国の鈴鹿峠で人々を苦しめる鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫命)の伝説に由来。
女性の姿をした鈴鹿権現像は大長刀を手に、立て烏帽子を被った姿が凛々しく、後ろの山には退治された赤熊で象徴された悪鬼の首が据えられる。鬼=盗賊のためか、巡行の後は真木の松に飾られた絵馬は「盗難除け」の御守りとして授与されている。

前懸は平成元年に新調された、駱駝の図「黄砂の道」。胴懸には日本画家・今井俊満氏原画の「桜図綴織」「紅葉図綴織」。

ご利益:雷除け・安産・盗難除け
授与品:粽(絵馬付)、手ぬぐい、お守りなど

北観音山の日和神楽

 宵山の23時からの南観音山の「あばれ観音」も見たかったのですが、ホテルでの休憩をゆっくりしすぎて、間に合わず。そのかわりに、北観音山の戻ってきた日和神楽を見ることができました。日和神楽は翌日の山鉾巡行を前に晴天を祈願するお囃子の奉納。移動式のお囃子が各山鉾町から御旅所へと向かい、お囃子を奉納してまた戻ってくる。町内に戻った日和神楽は、北観音山の周りを三周してから逓信病院前の広場に入り、締めを行います。遅くにも関わらず、見学の方が帰りを待って締めに参加されていて、私も一緒に見ることができました。

 宿から歩いて行ける距離に山鉾が点在しているので、食事の帰りにふらりと寄って、ホテルで少し休憩して、また通りへ出て、という歩き方ができます。

 新風館や大垣書店に寄って涼み、また灯りの下へ戻る。そんな行ったり来たりが楽しい、宵山でした。


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南観音山の「あばれ観音」

 今回、見れなかった南観音山の「あばれ観音」。宵山の 7月23日の23時頃から、ご神体の楊柳観音菩薩像を布でぐるぐる巻きにして神輿に括り付け、町内の若い衆が激しく揺すりながら新町通を3往復ほど走り抜ける。「北観音山の観音様は男性、南観音山の観音様は女性」という言い伝えがあり、翌日の巡行前に暴れさせることで恋心を鎮めるなどと言われているとのこと。次回の後祭にはぜひ、観てみたいと思います。

※ 南観音山(新町通蛸薬師〜錦小路間)

祭の楽屋|巡行の朝、新町通で1時間

 二十四日、巡行の朝、七時半。宿を出て新町通に立つと、山鉾が出発の支度をしているところでした。

 綱が張られ、囃子方が次々と鉾に乗り込んでいきます。ご神体が納められ、飾り付けが整えられ、細かい調整が続く。夜のあいだ静かに立っていた山鉾が、少しずつ「動くもの」に変わっていく時間です。

 どのパーツがどこに収まるのか、山鉾の方々が確認しながら、また、次の世代の山鉾の人に伝えながら、整えている場面を見ることもできて、伝統を引き継いでいるリアルなところを感じることができました。並大抵のことでは続けていくことはできませんね。

祇園祭 後祭・「八幡山」の幟と、組み立てが進む八幡山

 それぞれの山鉾の支度している姿をまわっていたら、一時間ほど経ってしまいます。巡行が始まってしまえば、山鉾は沿道の人垣の向こうです。けれどその一時間前なら、支度をしている真横に立てる。お祭りの表舞台ではなく、楽屋を見せてもらったような時間でした。

 この時間に立ち会えたのも、宿を山鉾町のなかに取っていたからですね。後祭を見に行かれる方には、この一点だけでも宿選びの理由になると思います。

祇園祭 後祭・巡行の朝。「南」の法被姿の人と、通りの奥に立つ真松

巡行は、そんなに頑張らなくてもいい

 9時半から、山鉾巡行です。

 この日は、以前からの縁あって、数年前の前祭から2回目の高いところから見下ろす形で巡行を見せていただきました。人混みに立たずに、上から山鉾の屋根を眺めるという、めったにない角度です。

この日は、朝からじっくり山鉾の準備の様子を見れたこと、旅の最終日ということもあり、巡行の見学はサクッと終わらせて、巡行の列を逆行しながら、西へ歩く。

 進んでくる山鉾と、正面からすれ違う。立ち止まって見送って、また歩き出す。場所を取って何時間も待つのとは、まったく別の見方でした。後祭の巡行は、こういう楽しみ方ができます。

 その途中、室町通と御池通が交わる角のビルの前で足を止めました。ドラマ『京都人の密かな愉しみ Rouge−継承−』に出てくる建物です。祭のさなかに、まさかここでこの角に出るとは思っていませんでした。

京都・御池通のビルを飾る、太陽と月をかたどった大きな鉄の装飾

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猛暑の後祭を歩くために、現実的なこと

 ここからは旅のリアルな話です。夏の京都は、本当に暑い。

 今回の旅は、朝は攻める、昼は逃げる、夜は祭という組み立てにしました。結果として、歩いてはいても、炎天下にずっと立っていた時間はほとんどありません。暑さの見積もりは、少し多めにしておいたほうがいいと思います。

山鉾町の宿は、タクシーが呼べない

 これは行ってみて初めて知ったことです。

 二日目の朝、宿からタクシーに乗ろうとしたら、乗れませんでした。山鉾で新町通が塞がっているため、宿の前まで車が入れないのです。フロントに頼んでも呼べず、配車アプリも、来てもらう場所を指定するのが難しかった・

 結局、烏丸通まで歩きました。すると、あっけないほどすぐに流しの車が捕まりました。
大きな通りへ出ることが早道だと、タクシーの運転手さんに教わりました。

 山鉾町に泊まるのは、お祭りを見るうえでは最高です。ただし、祭のあいだは車が使えない。移動の起点は大通りまで歩く、と決めておくと慌てずにすみます。

昼は、屋内に逃げ切る

 いちばん日差しの強い時間は、無理をせず屋内に入りました。冷房の効いた場所で座って、水を飲んで、涼む。目的地への途中の京都の喫茶店やお店をハシゴする。地下鉄を上手に利用する。地下はとっても涼しく、一息つけます。三日目のお昼は、二条城の近くにある京都小川生薬で薬膳カレーをいただきました。体に沁みる、という感じの一皿です。

 夕方は十六時前には宿に戻って、夜の宵山に備えました。この「戻る勇気」が、結果的に夜の時間を助けてくれました。

 ▶ 京都 一人でも入りやすい店21選

 なお、二日目の朝に下鴨神社のみたらし祭(足つけ神事)に行っています。30分並んで、冷たい水に足を浸してきました。そのときの話は、みたらし祭の朝|糺の森を歩いて、冷たい水へに書きました。

宿は、山鉾町かその周辺で

 

 後祭を見るなら、宿の場所がそのまま体験の質になります。夜おそくまで宵山を歩いて、朝は出発前の山鉾を見に出る。この二つをやるには、歩いて戻れる距離であることがすべてでした。

🏨 前泊・延泊で、京都の時間にゆとりを(PR)

京都はジグザグに歩いてこそ、面白い街です。 予定を決めすぎない時間を持つために、前泊・延泊で旅に余白を。


▶︎泊まったところ|ホテルビスタプレミオ京都 和邸

 宿は新町通六角下ルの、ホテルビスタプレミオ京都 和邸。後祭の山鉾が並ぶ通り沿いです。地下鉄四条・阪急烏丸から徒歩七分。ロビーには町家を思わせる坪庭があります。

 宵山を二十三時まで歩いて、そのまま帰れる。翌朝は七時半に山鉾の支度を見に出られる。この立地が、そのまま旅の質になりました。

祇園祭そのものにかかったのは、粽とお守り、手拭いで4千円ほどでした。

内訳は、粽が、千円と千二百円、お守りが500円、大船鉾の観覧料が500円、手拭いが一千円。

おわりに|山鉾の帰り道

 最終日、宿へ荷物を取りに戻る途中で、巡行を終えた山鉾に出会いました。

 朝、あれだけ丁寧に飾りつけられていたものが、役目を終えて町へ帰っていく。

 祇園祭は、この後も三十一日の疫神社夏越祭まで続きます。ひと月かけて、街ごと祭になって、また日常に戻っていく。その長い時間のなかの、三日間でした。

 前祭と後祭、どちらかで迷っている方には、山鉾をちゃんと見たいなら後祭、とお伝えしたいと思います。

そのときの話は、こちらの記事に書きました。

近い将来、7月の1日の吉符入りの日から、7月31日の疫神社夏越祭まで京都に滞在してみたいものです。

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