春の京都旅 ⑩ 法然院|椿が落ちる静寂の庭

春の京都旅

八坂神社をあとにして、祇園からバスに乗り、
花街の賑わいから、少し外れる。

真如堂前で降りると、空気が変わる。
鹿ヶ谷通から哲学の道へ。
ゆるやかな坂を上り、横切るように法然院へ向かう。

入り口から山門まで、石畳が続く。


人の気配が少し遠いて、音もやわらかくなる。
ほんの少し外れただけなのに、
別の次元に入ったよう。

山門へ向かう手前、脇に小さな門がある。

苔に囲まれた石の上に、留め石がひとつ。
黒い紐が結ばれ、「ここから先へは入らないで」と静かに伝えている。

添えられた札には、「椿おくべからず」。
奥へ入るな、という意味と椿を重ねた言葉。
やわらかく、それでいて確かな境界。

京都らしい、奥深い美しさ。

足を止め、少し眺める。
入れないということが、この先の空気を濃くする。

前回訪れたときには、この札はなかった。
より良く在ろうとする姿勢が、静かに伝わってくるようで、
ちょっと胸が熱くなる。

山門は、ひっそりとそこにある。
華やかさはないけれど、静かに人を受け入れているような佇まい。

石段を上がり、境内へ。


目の前に広がる白砂壇。
左右に配されたその砂は、ただ整えられているだけではなく、
水を表す砂壇の間を通ることで、身を清められるそう。

水の流れや季節を表す紋様が描かれている。
この日は、桜と水の流れのように見えた。
落ち着いた美しさ。

季節の折りに触れ、変えられる模様は、
一つの楽しみになる。



眺めてその間を通るうちに、少しずつ気持ちが整っていく。
そんな感覚。

ここを通り抜けると、
奥へと続く空間が静かにひらけている。


ここから先は、より内側へ入っていくような感覚。

春の特別拝観。
普段は閉じられている伽藍へ。

廊下を進むと、ふと目に入る本棚。
整然と並ぶ背表紙と、外の空気が差し込む光。
静けさの中に、人の気配が残っている。



庭へと目を向けると、椿。

見頃には少し早かったのか、
あるいは終わりかけだったのか。

満開ではなかったけれど、
地面に落ちた椿が、かえって印象に残った。

咲いている姿とは違う、時間の流れを感じる。

この場所には、そういう美しさがあるのだと思う。


和尚の話に耳を傾けながら、
ただそこに身を置く時間。

説明を聞いていと、
どこか思考がクリアになっていくよう。

普段は閉ざされている伽藍。
阿弥陀如来坐像に手を合わせる。

本堂、書院、茶室、方丈、方丈庭園。
椿の庭を巡り、お茶をいただく。
庭を眺め、お茶をいただきながら、なんて贅沢なんだろうと思う。

名残惜しい気持ちと共に伽藍をでると、
本堂向いの地蔵菩薩像にも手を合わせる。

山門をまたくぐる帰り際、
境内の山の麓斜面に立つ墓所へ。
ここもまたこの寺院を訪れると必ず寄る場所。
しだれ桜が、やわらかく光っている。
谷崎潤一郎とその妻の眠る墓所。

墓石には本人の直筆「寂」の一文字。
谷崎自身が望んだ桜の下。
静かで美しい場所。

「また、来ました」
そう心の中で手を合わせる。

ふと、「細雪」の情景が頭をよぎる。
文学、物語の舞台として、
たくさんの作家が描かれている京都。

音の少ない時間。
整えられた空間。

歩くことで、内側の景色が静かに鮮明になる。

法然院は、そんな場所。

にぎやかな場所から、ほんの少し離れるだけで、
京都はまったく違う表情を見せてくれる。

立ち寄った場所

左京区鹿ヶ谷
・法然院
哲学の道から少し奥に入った、静かな場所にある寺院
白砂壇の美しい紋様と、静寂に包まれた境内で知られる。
春と秋には特別拝観が行われ、普段は非公開の伽藍や庭園を楽しむことができる。
椿の名所としても知られ、季節ごとに異なる表情を見せる。


春の京都旅 ⑪ 哲学の道から白川へ|鯖すしとカフェで過ごす京都散歩

福こ|京都ひとり旅ブログ「京都に恋する。」

「京都に恋する。」管理人。
路地と静けさを歩くひとり旅。
ガイドブックに載らない京都を綴っています。

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