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📖 オリジナル小説連載
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京都・御所南。
理容院を営む祖父のもとへ、ある春、東京から孫がやって来た。
美容師であり、何かに迷う青年。さざなみと書いて、漣(れん)。
祖父の名は、トウゴロー。
京の所作と人にふれていく、小さな物語。
第7話「サルスベリの花の下で」

かもがわ美容院に最初の客が来たあの日以降、また客の来ない日々が続いていた。前祭から後祭まで一ヶ月続いた祇園祭も終わり、街に少し静けさが戻ってきた。
漣はトウゴローの手伝いをしながら、店のお使いに走り、家の家事にも挑戦する日々を過ごしていた。
「漣くん、あれはモテへんな。可愛い顔してはるのに。それにあのもじゃもじゃの髪はなんやろな」
シロさんの話はつづく。
「なんていうんやろか、男という感じはせえへん、なんかピンとこうへんというか……カンさんから聞いたんやけど、髪切ってはる時は、別人みたいに凛々しいっていわはるけど…まさか、ずっと、鋏、持たしておくわけにもいかんしな」
シロさんが結構な毒舌を発揮して笑いながらも、目の奥には心配の色が見え隠れする。
「否定はせえへんけど、心配してもしゃあないもんは、しゃあない」
トウゴローは、あっさりしたもので、それほど心配していない様子だった。当の漣は、その頃、店のお使いに出ていた。鴨川理容院の店内にいるのは、手土産を手にお茶を飲みにきた八百屋のシロさんと、トウゴローの二人だけだった。
トウゴローが水出した煎茶を出し、シロさんは馴染みの餅屋の麸饅頭を振る舞う。
その、お使いに出る前のこと。
「漣、和尚のところに届け物してくれへんか」
トウゴローは、客が来ないので、ただ待つよりは、と、何かしら用事を作っては漣にお使いを頼んでいた。この日も相国寺の塔頭、和尚のもとへ届け物を頼まれ、その塔頭の苔庭を眺めながら、和尚と奥さんの二人にお茶をいただいていた。

「漣さん、どうです?ここでの生活には慣れはった?」
奥が、冷たい水出し茶を漣の前に置きながら聞いた。漣は庭を眺めながら、考えてる様子だったが、
「よくわかりません、でも、ほんのすこし早く、門掃きはできるようになりました」
そう、小さく笑う漣。
「ほんのすこしかあ、そりゃ、ええな」
という和尚に、
「ほんまやわ。ほんのすこしって、言わはるのが漣さんらしくて、ええな」
と奥が微笑むと、目の前の苔の庭に、やさしく風が吹き抜けた。

その帰り道、なんとなくいつもと違う道へと迷い込む漣。細い路地を曲がると、見覚えのない通りに出た。
どっちに行こうかと立ち止まっていると、通りの向かいの角に美容室らしき店構えが見えた。店名を見て、ふと以前、漣が美容師の仕事を探していたときに応募してみようと思っていた店だったことを思い出した。
どんなお店だろう、と近づいていくと、反対側から女性が店の前へと歩いてきた。女性は店の前まで行くと、立ち止まり、元へと引き返し、また近づいて、引き返し、立ち止まった。
その女性のシルエットと、栗色の艶のある髪に見覚えがあった。
——かもがわ美容院の最初のお客様……?と漣はそんなことを考えながら、見つめていると、その彼女が踵を返して、漣の方向へと歩いてきて、目が合った。
「えっ」
「あっ」
お互い、驚いて見つめ合った。そして同時に、
「ごめんなさいっ」
「かんにんっ」
謝る声が、重なった。二人はまた顔を見合わせ、今度も同時に、
「えっ?」
漣が慌てて言う。
「ぼくが髪を短く切ってしまったから、もう直しようがないですよね。すみません!」
勢いよく謝る漣に、女性はびっくりした顔をした。
「いえ、そうやないんです。ここに来たんは……私の問題で。この髪、ほんま、気に入ってるんです」
それでもまだ、自分の腕のなさを信じて疑わない漣は、財布をとり出した。
「いただいたカット代、返させてください」
女性は、財布を出す漣の手を、やんわりと制した。
「そんなん、受け取れしません」
と彼女は言ってから、ふっと微笑んだ。つられて、漣の肩の力も、少し抜けた。
「よかったら、少しお話ししませんか。あそこの、公園で」

彼女が指差した先、通りの向こうに、東屋と鮮やかなサルスベリの花が咲く小さな公園が見えた。
二人はその東屋の下のベンチに、並んで腰をおろした。公園を風が通り抜け、濃いピンク色のサルスベリの花が揺れていた。
「誘うといて、何から話したらええのか……」
彼女はそう言ったきり、言葉を探すように、膝の上で手をそろえた。
漣も、言葉が見つからない。結局、正直に言った。
「あの……僕も、人と話すの、昔から苦手で。今も、なんて言ったらいいか、分からなくて。すみません」
彼女が、ふっと肩の力を抜いた。
「……実は私も同じ」
そう言って、少し笑って、宙を見つめた。
「そう、あの時……あなたに髪を切ってもろてる間、なんや、不思議な感じがして。まるでじっくりと私の話を、聞いてもろてるような、そんな感覚やったんです」
漣は、ぽつぽつと応えた。
「ぼく、髪を切らせてもらうと、なんとなく……その人のことが、分かる気がするんです。髪は、その人の一部っていうか。だから、いつも……会話をするみたいだなって」
「そうなんや…」
彼女が、目をまるくした。
「ほな、私が感じたことは、間違いやなかったんですね」
「……美容師としては、まだまだ半人前なんですけど」
漣が、俯く。
彼女は、その横顔をみて、
「そんなことおへん。ちゃんと美容師さんです」
そして、何か思いついたような目をして、
「そう、話を聞いてもらって、背中を押してもらう。そんな美容師さん」
そして、彼女は頷きながら
「不思議な人」
と言った。
彼女の言葉に、
「そんな、ぼくは何も」
と、漣は言った。
そして、気になっていたことを口にした。
「あの、”かんにん”て何ですか?」
そう、おもむろに聞く漣に、えっ、と少し気まずい表情になった彼女が、少し間を開けて口を開いた。
「この髪……実は失恋して、切ろうと思たんです。……さっきは、この髪を切った姿を、あの人の働いてる店へ、見せに行こうとしてたんです。ちゃんと前に進んだんやって、見せたかったんかもしれません。そやけど、やめました。そんなん、私らしくないって思い直して。そやし、せっかく素敵に切ってくれはったのに、見せつけるようなことしようとしていて申し訳ないなと思て……かんにんです」
漣の目をまっすぐに見て、あやまる姿に、
「そんな、謝らないでください」
漣は困った顔で、打ち消すように左右に首を振った。それから、ふと思い出したように言った。
「……あの店の求人、僕、見たことがあるんです」
彼女が、顔を上げる。
「……『お客さまの髪を、生かす仕事を』。その店の求人の言葉、今も覚えてます。……僕の、してることと、同じかもしれないと思って」
彼女は、少し驚いたように漣を見た。それから、ゆっくりと目を伏せる。
「……その言葉、あの人が考えたものやと思います。ほんまに、彼らしい」
風が抜けて、サルスベリの花がふるえた。彼女は、膝の上でそろえた手を、じっと見つめる。
「あの人は、私より二つ上で。小学生の頃から、ずっと憧れてた人でした」
漣は、ただ聞いていた。
「高校で、想いが通じて。それからずっと、一緒に生きていける人やと思うてました。でも……あの人は美容師になって、大きな夢を見つけはった。そっちを選ばはったんです」
彼女は、ふ、と息をついた。
「その気持ちは、痛いほど分かります。そやから、あの人を止めしませんでした。……ただ、あの人への想いを、どうしても断ち切れへんくて」
声が、少しだけ湿った。
「このまま、あの人を恨んでしまいそうで、何でもええから、この気持ちを断ち切れるものが欲しかったんです。……そんな時、髪を、ばっさり切ってもろて」
彼女は顔を上げ、まっすぐに漣を見た。
「手放さなあかん、て。背中を押してもろた気がしました。ほんま、おおきに」
彼女の微笑んだ瞳に、潤う光るものがあった。
「……髪は切っても私には、切ろうにも切れへん、生まれたときから決まってるものが、まだあって……」
その先を、彼女は言わなかった。そして、急に目が覚めたように、
「いややわ、なんで、こんなこと話してしまうんやろ……あなたの前やと……不思議なくらい、ほんまのことを、言うてしまうんやわ」
漣は、きょとんとして、しばらく黙っていた。何か言おうとして、言葉が見つからず、結局こう言った。
「ぼく、髪を切ることしか、できないんです。だから、その先のことは、よく分からなくて」
また、彼女が、ふ、と笑った。来た時より、少し明るい顔で。
「でも、そのおかげで、私、ちゃんと一歩、踏み出せてる気ぃがしてます」
彼女はそう言って、少し肩の力を抜いた。それから、思い出したように、
「私、小川香りと申します」
「小川、香りさん」
漣が繰り返す。
「小さい川に、お香の”香り”。送り仮名の『り』は、ひらがなで」
そう言って、宙に指で名前をなぞる。
「キレイな、お名前ですね。ぼくは、さざなみと書いて、漣といいます。」
漣がそう言うと、香りはまた、少し笑って、
「さざなみ……。おおきに。漣さん」
と言った。
二人の間に、また風が吹いて、サルスベリの花が揺れた。
「……あっ。僕、そろそろ戻らないと。トウゴローさんのお手伝いが、あるので」
思い出した漣が立ち上がると、香りも立ち上がって、くすくす笑いながら言う。
「漣さん、ほな、また。トウゴローさんによろしくお伝えください」
「はい。……かもがわ美容院で、お待ちしてます」
香りが微笑んだ。
「また、寄せてもらいます」
香りを笑顔で見送ると、漣は急ぎ足で通りを渡っていった。

「ただいまー、遅くなりました!」
息を切らしながら、漣が鴨川理容院のドアを開けて入ってきた。
「お、遅かったな。どこまで、届けに行っとるかと思うたわ」
トウゴローが、タオルを畳んでいた手元から目を上げた。
「すみません、帰り道に香りさんとお会いして、話をしていたら遅くなってしまいました」
ん?という表情をしたトウゴローが、
「その香りさんて、どなたはんのことや?話がつうじひんで、漣」
あっ、そうかという顔をした漣。
「かもがわ美容院の最初のお客様です。小川香りさんとおっしゃるそうです」
トウゴローの手が止まると、
「小川…香りて…そらまた…」
何かを思い出すような、遠い目をする。
「トウゴローさん?」
「……いや」
トウゴローは、小さく首を振った。
「ええお客さんが付いたな」
そう呟くと、またタオルに手を伸ばした。
その横顔が、微笑んでいた。

第七話 了
※本作はフィクションです。登場人物・店舗名は架空のものであり、実在の人物・団体とは関係ありません。物語の舞台となる地名・寺社等は実在するものもありますが、描写には作者による脚色が含まれます。
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本作品の無断転載・複製・二次利用(画像・朗読・AI学習等を含む)を禁じます。
👉 次回|第8話をお楽しみに
|第1話「桜の花びらと門掃き」
|第2話「一滴からはじめれば」
|第3話「箒のリズム」
|第4話「トウゴローさん、と呼ぶ」
|第5話 「半歩、前に」
|第6話 「夏のはじまりに」
📖 この物語に出てきた言葉
▶サルスベリ(百日紅)
盛夏から初秋まで、百日ものあいだ咲き続ける花。幹がなめらかで「猿も滑る」が名の由来。
▶水出し煎茶
冷水でじっくり淹れた煎茶。渋みが抑えられ、甘みと旨みがまろやかに立つ、夏の一服。
▶麩饅頭(ふまんじゅう)
生麩で餡を包み、笹の葉でくるんだ和菓子。もっちりとした食感で、京都の夏を涼しく彩る。
▶相国寺の塔頭
相国寺は京都御所の北、同志社大学のとなりに建つ大寺院。室町幕府三代将軍・足利義満が創建した臨済宗の大本山。金閣寺・銀閣寺もこの寺の塔頭にあたる。その境内に点在する小さな寺院のこと。
▶そらまた
「それはまた」がなまった京言葉。トウゴローの口癖。
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📚 物語と響き合う、京都の静けさ


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